文●マーケティングコンサルタント 中安 康
任天堂の業績は世界的な不況、円高の中で下方修正とはいえ売上高、営業利益共に過去最高と依然好調です。(図1参照)
ニンテンドーDSやWiiなど明らかに従来の商品の延長線にない商品でありながら世界に通用、既に全世界でニンテンドーDSは1億台以上、Wiiは5000万台以上販売されています。それは何故でしょう?様々な理由はありますが、基本は任天堂の商品開発姿勢が、始めに面白さありき、ということそして、対象を2才から99才までとユニバーサルに考えていることです。ゲームの世界も3D技術が発達し高度な表現が可能になり、各社どんどん高度な表現が出来るゲームの世界を展開、またネットワークの時代と喧伝され「ユーザーが求めるもの」=「新しいもの」=「高度なもの」というサイクルに入っていました。
しかし、ユーザーが求めるものはただ一つ、楽しみたい!です。任天堂は「どこでも」、「誰でも」というキーワードを従来のゲーム機に当てはめ、電車の中でも楽しめる=DS、リビングで家族で=Wiiを開発しました。もし最新の3Dの技術を使ってということから始めたらDSもWiiもなかったでしょう。競合のS社はまさにこのパラドックスの中に入ったと推測できます。では、何故、任天堂はDSやWiiを開発できたのでしょうか?その背景にあるのは、かつて一世を風靡した「ゲームボーイ」のコンセプトにありました。それは「枯れた技術の水平思考」=使い古された技術に目をつけ、全く違う使い道を考える(ゲームボーイの考案者横井軍平氏)ということです。まさにこの言葉が「任天堂らしさ」の真骨頂といえると思います。
そしてもうひとつ、ここまで普及したのは、世界へ展開できたことです。(図2参照)日本だけで通用する商品は多いのですが、世界に通用する商品を開発するのは容易ではありません。従来のゲーム機の延長線であれば、ある程度の予測は出来ても新しいジャンルの商品だと全く予想不可能なはずです。その中で任天堂は、「面白い」という万国共通の思いをベースに、海外へのローカライズとカルチャライズを行いました。ローカライズは、言葉を変えること。カルチャライズは、現地の文化に根ざした要素を付け加えること。DSで最もヒットした「脳トレ」には、アメリカやイギリスでヒットしていた「数独」を入れたそうです。
この話は日本と世界の話に限ったことではありません。例えば地方の人気の食品を東京に持ってくる、一番苦労するのは販路ですが、では販路が出来たら成功するのでしょうか?否です。例えば沖縄の商品は東京の物産展では売れます。しかし日常の店頭では?です。それは「らしさ」はあるけれど、購買者との「価値の共有」まで出来ていないからです。
先ほどの「面白い」という価値の共有と同じように「美味しい」という価値の共有、これが基本のはずです。ご存知のように、海外から入ってきた料理で、日本でそのまま食されているものは、ほぼありません。さきほどの「ローカライズ」とは、その国で伝わる言葉、表現、デザインに変更すること、日本の市場で伝わる言葉、表現に変換することです(デザインやパッケージ等)。また日本という市場にマッチした美味しさに変更、これが「カルチャライズ」です。
豊かさの時代、世界に通用し、その存在を認める「らしさ」。日本が世界から期待されるのは日本らしさと同時に世界に共通する価値観を提供し、その価値を共有できることです。技術が必要なことも多いのですがそこがスタートではありません。「らしさ」とは個性でもあります。世界が欲しいと認める価値、しかもその国で使える価値(ローカライズとカルチャライズ)を提供できる企業がこれから必要とされています。