文●マーケティングコンサルタント 中安 康
電力産業の初期は、企業、工場ごとに発電機を備えていました。しかし、大規模発電所を共用することで格段のコストダウンが可能になり、今では、電力供給可能なエリアにおいて、独自で発電機を持とうとする企業や人はいません。ところがITの世界では各企業がそれぞれ高額のIT投資を行い、サーバーをそれぞれが所有し、運営費を負担しています。 自社でマシンを持つことなく、まるで電気のスイッチを押すように、ネットを通じてサービスが利用できるようになる。これが、これから出現する世界=「クラウドの世界」です。
既に、YAHOO!やGoogleのWebメール(=メールソフトを利用することなくWebサイト上で行うメールのこと)は、無料で数ギガバイトの容量を使用でき、世界中どこにいても、インターネットさえ繋がればメールが可能です。また、Googleは、ワードやエクセル、パワーポイントと同じタイプのソフトをWeb上に用意しています(Googleドキュメント)。自分のパソコンにソフトはいりません。全てWeb上に用意されています。しかも、データもネット上に保管されます。このようなことが企業の利用においても本格的に始まろうとしています。 このクラウドコンピュータサービスを仕掛けているのは、グーグル、アマゾン、セールスドットコムといったユーザー向けサービスを全世界で行っている企業です。マイクロソフトやIBMという従来型のITを代表する企業ではありません。
例えば、「クラウドの衝撃(東洋経済社)」で紹介されている事例をあげてみます。
ニューヨークタイムズが、130年分の新聞記事をデジタル化した1100万枚もの画像を、PDFに変換する作業に、アマゾンのサービスを利用。自社のサーバー上で行えば14年かかるといわれる仕事が、1日で処理できました。しかもかかったコストは240ドルです。
ナスダック証券取引所でも、日々膨大な取引データが発生しますが、自社サーバー(もちろん巨大なサーバー)だとせいぜい1ヶ月くらいで容量が限界に達するところを、アマゾンのクラウドコンピュータを利用することで、数年分保持し、いつでも検索し取り出すことを可能にしています。
大企業においては、自社の高額なサーバー、システム要員、ランニングコストがいったい何だったのかと考えさせられる事態が、もうすぐ目の前まで来ています。
世界中で何万というデータセンターで、同じような用途のために、すごい数の高額な汎用コンピュータが運用されていますが、これは中堅中小企業にとっては、千載一遇のチャンスと言えるかもしれません。
既に巨大な投資を行っている大企業が根本からシステムを変えるには何年もかかりますが、中小企業では、本格的な情報化のための設備を持っている会社は少ないのが現状です。大量な情報のデータベースと瞬時に必要なものが取り出せるシステムは、これからの時代の成功のカギを握ります。特に流通では、売れ筋や顧客動向の変化は企業の生命線を握ります。コンビニエンスストアや、今話題のユニクロやマクドナルドなど全て背景には巨大なデータリソースと素早い分析ツールがあります。
これからの企業に必要なのは、 企業の将来のビジョンとビジネスモデルです。上記のようにそのためのIT投資は従来に比べて格段に安くなろうとしており、大企業と中小企業の間にある溝は埋まろうとしています。
グーグルやアマゾン、セールスフォースドットコムだけでなく、マイクロソフトも本格的にクラウドコンピュータに対応することを宣言し、クラウドOS「Windows Azure」を発表しています。インターネットが単なるブラウザではなく、インターネットを並列コンピュータ環境にするためのプラットフォームとなる時代が始まろうとしています。